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音楽とまちづくり〜やっちゃえ!ジブン

横浜都筑のまちでコミュニティカフェやったり、音楽したり。こどもたちとまちづくりしたり。

しあわせな状態は、どこからくるものでもなく、自分で創る!

 今年も誕生日がやってきて、またひとつ年齢が増えてしまった。

 小学生のとき、誕生日会をしたいといったら、母がいいよというので、クラスのみんなに声をかけたら、友だち16人が6畳一間に集まってしまい、ケーキを追加で買いに行くという状態になった。みんな裕福ではなく、10円単位で買えるようなプレゼントだったけど、すごくうれしかったな。気になっていたKくんも来てくれたんだけど、「お金がなかったので、友達に10円もらって、プレゼントの折り紙を買った」と正直に教えてくれた。でもうれしかったな。そういう私の家も裕福では決してなかった。母には日記帳をもらったので、その日の日記に誕生日の楽しいようすを書いた。だからはっきりと記憶に残っている。「書くこと」は大事だな。

 とある講座でバイオグラフをいうのを書いてみたら、けっこういろいろあったな〜って。

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 今を苦しんでいる人に、大丈夫いつか楽になるよ、解決するよ、といっても簡単には伝わらないとは思うけれど、でも本当にいつか、そんな経験も役立つ日が来るから大丈夫だよ、といいたい。

 打ち合わせにいく電車賃がなくて、三軒茶屋から渋谷までよく歩いたこと。せっかく仕事をもらえたのに音楽事務所が頓挫して収入が踏み倒されたこと。そんなこんなでホームレス寸前の暮らしをしていたこと。音楽の大きな仕事でちゃんとやりたいのに、仕事に時間が掛かりすぎて寝不足になり、失敗してしまったことなども何度もある。

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 でもそういうすべてのことを経験として受け入れるんだ、どんなことにも楽しみを見つけていくんだ、と決めてから私は変わったんだ。
 そして、自分で「ハッピーなニュースをつくる」と決めたんだ。ないなら自分でしあわせな状態を創りたい。

 明るく楽しい場所には人があつまってくる、そしてみんなが賛同して助けてくれる、ということを信じてるんです。

 自分にとってのこれからの1年、いくつ楽しいことを提案できるかな。

 

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P.S. そうそう、くにたけみゆきさんとコンサートをします!自分の曲もやりますし、大好きな曲、たくさんやるので、ぜひぜひ聴きにきてください。心をこめて演奏します。

くにたけみゆきクリスマスコンサート

いじめられたり、差別されたことありますか?

いじめられたり、差別されたことありますか?

私は小学6年のとき、クラスメートの女子が全員口をきいてくれないという、いじめにあった。どんなに話しかけても無視されるという・・・。それが、小学校を卒業するまで続いた。でも、優しい男の子たちがいたから、私は気にしないことにした。悲しかったけど、私には音楽という別の、学校以外のコミュニティもあったし。

イエローモンキーという、衝撃的な(ある意味差別的なネーミング)バンドといっしょに全国ツアーをまわっていたとき。広島のライブハウスには楽屋がなく、私たちは一駅ほど離れたホテルで衣装に着替えて、移動することにした。そしたら、タクシーが止まってくれない。

そうか・・・男の子たちが化粧してるので、運転手がびっくりして止まってくれないのか・・と思い、私ひとりでタクシーに手をあげた。そしたら・・・。

タクシーの運転手が私の方を見て、首をふった。のれませんって。いや、のせませんって感じか。

私は思った。私たちはROCKERだ!これは仕事着、衣装だ。本気で音楽やってるんだ。社会を変えるンだ。見た目で判断するやつらなんて、保守的なやつらなんて!○×△◆□●!!!(←好きな言葉をいれる)

まあ、全員ど派手な衣装で、私はガーターベルトで、まあいってみれば当時、過激なマドンナのような衣装だったんだけど。でも、それは「仕事着」だからね、私にとっては。

他にもゆるせない経験があった。それはバンドメンバーに在日韓国人の2世Kくんがいたのだけど、ある日飲酒の検問を受けたときのこと。もちろん飲酒はしていなかったので、OKだったのだけど、そのバンドメンバーKくんに向かって、免許を見た警察の人はいった、「なんだ、韓国人か」。
私は最初、どういう意味でいったのかわからなかった、でもKくんはすごくイヤな顔をした。「ねえ、なんであんなこと言われたの?」と私が聞くと、「いつものことだから慣れてるから」とKくん。彼は、日本で生まれ、韓国にはいったことがなく、韓国語もしゃべれない。両親が韓国人なだけ。警察ってみんなのことを考える、正しい見本のような人たちじゃないの??

そういう偏見とか意地悪とか、うけるたびに、私は「ぜったいに自分は偏見をもちたくない、意地悪したくない」と思ったのだ。

最近目の前でいじめる言葉をいっているこどもたちを、心から「それはやめてほしい」と訴えたのだけど、わかってくれただろうか。

人はひとの下にひとをつくらず、人のうえに人をつくらず。

タクシーの運転手さん。バンドマンもまじめにいきてます。こわくないし。
国籍で人を差別すんなよ、警察の方、いいかげんにしろよ。

こころは今もROCKERなんで。ちょっとあらめで失礼しました。

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すでにけっこうな大人なのにバンドやってたころのわたし。

危機管理について思うこと。

昨年の5月お台場でイベントを終え、ビーナスフォートでお茶していたときのこと。


急に、館内に短いサイレンがなって、「みなさまにお知らせします。1Fで火災が発生しました。詳しいことは追ってお知らせします」というような放送が入った。
私たちがいたのは2階。逃げ遅れたらたいへん、とお茶もそこそこにレジへ。しかし、私たちのような人は1人もいなかった。

レジには、お客さんが普通にどんどん来ていて「席ありますか?」「いらっしゃいませ〜」と今のサイレンが聞こえなかったかのよう。いやいや、絶対に聞こえたはずだ。館内の音がいっせいに消えたんだから。
なのに、まったく人は動こうとしない。なんなんだ、これは。

東北被災地での防災研修ツアーから帰ってきたばかりの私たちは、これはやばい、と建物をでようと1Fに降りた。
そうしたら、ニトリが煙でうっすらくもっている。これはヤバイ。本当にヤバイ。それなのに、おきゃくさんが、従業員に「すみません、○○という品物はどのあたりにありますか?」と聞いていて、店員も「あちらです」と指さしている。そっちはもっと煙が。。。
いったい、みんな何を考えているんだろう。もしかしたらここにいたら煙に巻かれて死んでしまうかもしれないのに。

外に出ると、消防車とパトカーがたくさんいて、すごい状態になっていた。とにかく、私たちはその場をいちはやく立ち去った。

あとでTwitterにあがっていたのだけど、!F駐車場に止めてあった車が燃えて、煙が広がったらしい。すぐに消防車が来て消えたのだろうけど。でももしも火が広がっていたら・・・と思ってしまう。みんなが無事でよかった。
 でも、私は思った。カフェにいた人のように、ニトリで品物を選んでいる人のように、そうやって、逃げないで、災害に巻き込まれてしまうんだ・・・本当にそう思った。

もうひとつ。
私たちが、とある小学校の夏まつりに参加していたときのこと。

お祭りがほぼ終わりかけたとき、雷が鳴り出し、すごい雨が降ってきた。お祭りの関係者がテントからテントへと走って「すぐに体育館に待避してください。雷がテントに落ちる可能性があります!」と叫んでいた。それが鬼気迫っていて、迅速な対応は、すばらしかった。

しかし・・・他の人達はどうだったのか。
すぐに運動場もどろどろになり、祭りのお客さんも出店者もみんな体育館へ避難した。
そのとき靴を脱げばいいのに、みんな土足でどろどろのまま。私たちが入ったときにはすでに体育館は騒然としている。この事態にキャアキャア興奮する人達や缶ビール飲みながら騒いでる大人。主催者が、メガホンを持って、注意事項をいいながらまわっていても、まったく聞こえない状態。その誰もがこれを「大事(おおごと)」だとは思っていないようだった。みんな興奮状態ではしゃいでるのだ。怖いとその反動で人は笑うんだ・・・・。
私は、この騒然とした状態で、重要な情報をどのように伝えるのか、その難しさを思った。

 

幸い、しばらくすると雷はいなくなり、雨も小降りになった。みんな無事でよかった。

実は私もずっと「防災」には関心が薄かったのだ。NPOの仲間達と災害に強いジュニアを育成する「サバイバルジュニア」の活動をはじめるまでは。


今の私は、頭の隅っこにいつも、「危機管理」を意識するようになった。ホテルや旅館に泊まったときには、かならず、非常口を確認する。コンサート会場でも同じ。客席の頭上に、上から落ちてくるようなものがありそうなときには、もしなにかあったらどこに頭を隠すか、などについても真剣に考えるようになった。
こどもたちとイベントをすることも多いので、いつも今何かが起こったら、どのようにすべきか、を意識するようにもなった。

みなさん!!
落ち着いて正しい行動をしません?
危機管理大丈夫?

このところ、本当に地震が多い。どんなにがんばっても、いつも想定外のことは起こるのに、どうして原発をやめないのか、私には理解できない。福島での地震がまた、何号機が停止とか聞くと、そこで必死で作業している方たちがどんな気持ちでいるのかと。
気持ちがざわざわとおちつかない・・・

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いざというときには、きっといちばん安全な場所に待避するだろう・・・猫。

たどり着くとそれはもう目標ではなくなる〜私はどこにいこうとしているんだろう。

たどり着くとそれはもう目標ではなくなる。

叶ったとたんに小さな目標になってしまう。そう感じることってありませんか?

私が小学生くらいのときには、大きなコンサートのステージに立つことが目標だった。

中学生、高校生と次第に大きなステージで演奏するようになり、2000人くらいのところでコンサートしたときに、やった!と思ったけど、その頃にはもうそれは目標ではなくなっていた。

演奏でテレビにでる、ということも、小学校5年のときに簡単にかなってしまい・・・。

CDにクレジットされること、や、テレビの画面のエンドロールに名前がでる、とか、いろいろ目標はあったけど、それも叶ってしまうと、「そんなもんかな〜」とあっけなく、以外と淡々と喜んでいる自分がいた。

タレントさんと身近に話す機会が多くなると、もちろんみなさん才能があるし、輝いているんだけど、でもごくごく普通の人でもある。一緒にいるのも当たり前になっていく。

でもまさか、自分が編曲にかかわった楽曲が、毎週毎週オリコンの上位にいるようになるとは、考えもしなかった。2〜3年続いたので、オリコン年間ランキング1位にもなってしまい、まちを歩いていると、かかわった曲を口ずさんでいる人がいたり、コンビニに入ると自分の曲がかかっていたり。

これすごくない?(オリコンランキング)

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こどもの小学校の運動会でも紅組の応援家が「恋のヘキサゴン」で、白組の応援歌が「羞恥心」という、両方の曲が自分のかかわった曲という状態。とてもうれしかった。
27時間テレビで27時間、ほぼかかわった楽曲が流れ続けたことは本当にうれしかった。実際、27時間起きてみてられなかったけど(あとで録画でみて)。

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(これらはすべて私の作品・・・でも一部だよ。)

それはどんな気持ちになるかというと、ふか〜〜く深呼吸して、やったーと静かに思う、そんな心がいっぱいになる感じで。

だから、音楽はやりきった感があるんだけど、でも、今はまた、別の夢を追いかけている・・・。

私の最終目標は「世界が平和になること」なんだよね。でっかすぎる??でも叶うと信じたいな。

それが叶ったときにもきっと、「そんなもんかな〜」って淡々と喜びたいんだ。それが当たり前のように。

芸能人健康保険に加入しています・・・。

はじめて医者にいく場合、私はちょっと恥ずかしいことがある。
それは、保険証に「東京芸能人健康保険組合」と書いてあることだ。
私が医者の受付にこの保険証を出す度、受付の方や新人看護士さんに、芸能人??この人誰だろう??芸名は??などと心の中で思っているかのように、やや観察されることになる。

この仕事を始めて、そこそこ順調になったころ、家を買うことを決め、あまり必要経費を取らないよう(つまり税金をたくさん納めてないとお金が借りられないので)に申告していたら、毎月の保険料がびっくりする程高くなった。
そんな話をとある有名なエンジニアにしていたら、東京芸能人健康保険組合をすすめられた。その当時は、芸能人である人の推薦がないと入れなかったので、推薦してもらい、登録したら、びっくりするほど保険料が下がった(当時4分の1くらい減った)のだ。なんで安くなったかというと、芸能関係の仕事って基本定年があまりなく、死ぬまで現役で稼いでいる人がいるからではないか?

今は、仕事を申告して「芸能関係」と認められれば入れるようになったと思う。
歴代の役員はこちらに・・・そうそうたる方達だ。

東京芸能人国民健康保険組合||東京芸能人国民健康保険組合歴代役員



芸能人といっても、ヘアメイクさんとか美術さんとか、照明さんとか、裏方の仕事も入ることができるので、けっこう幅はある。私は作編曲、キーボードプレイヤーだ。

で、年に1回、芸能人が使うであろう、薬のセットが送られてくる。のどを保護するスプレー、歯を白くする歯磨き、息をさわやかにするもの、などが頭痛薬や胃薬とともにはいっているセットなのだ。
 創立50周年記念のときに「東京芸能人健康保険組合」とはいった救急箱が送られてきたのでうちではそれを使っている(笑)

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会報もなかなかユニークなので、熟読している。タイトルも「芸能人」だ。

ということで、私は正真正銘の芸能人だということにしておこう。

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私の青春かも。つま恋で練習漬けだった日々

つま恋がなくなってしまう。

ある意味私の青春の場所だ。

バンドをやったり、スタジオミュージシャンの駆け出しだった10代の頃。私は合宿やレコーディングで「合歓の郷」や「つま恋」をつかった。

 どちらにも1バンドが練習できる五角形っぽいアンサンブル棟というのがあって、カーテンをあけると緑いっぱいの風景をみながら演奏できるし、カーテンをしめれば落ち着いた状態で演奏できた。
 どちらも24時間練習してもしかられない。防音もしてるし、なにしろまわりも全部アンサンブル棟だった。
 ストイックで何時間でも演奏していたかった私にとって、そこは天国だった。もう止めようと言われても一人で演奏し続けていた・・・そのくらい音楽だけに浸れる最高の場所だった。10代〜20代にそんなところにいけて、そんな風に過ごせたことは本当にすばらしい経験だったと思う。

 つま恋ポピュラーソングコンテストに出たとき、グランプリをとったのは、私がサポートしていたバンドではなく、完全無欠のロックンローラーを歌ったアラジンだった。私は高原君がうたうステージのかぶりつきで、ロックンロールを踊って盛り上げたんだよ。その高原君といまのいままでずっと一緒に仕事するとはその当時考えなかったな〜。高原くんこそ、羞恥心の作曲をして一躍売れっ子作家になった人。
同じときに出ていた山下弥生さんもインパクトすごかった。ポピュラーソングコンテストといえば、やはり関連アーティストを思い出す。
 ミスターロンサムをうたった、歌唱力抜群の柴田容子さんがFacebook友だちなのは私の自慢だ。そうそう山下弥生さんもFacebook友だち!!私が高校生のときポプコン中部大会のゲストコーナーがミュージカル仕立てになっていて私はその一部でエレクトーンで自分の曲を弾かせてもらった。八神純子さんも参加していて、大切な想い出だ。そのときの曲をいまも覚えている。
 そうさ、君はいきているのさ、その日の暮らしに追われているけど、それも幸せのうちさ〜〜♪という曲だった。
 
 私はときどき、ヤマハのコンサートに出演するために、上京したのだけど、そのときによく、目黒のヤマハ財団の本部のあるビルのヨコにある宿泊施設に泊まった。実はそこには、CP−80が置いてあって、よくツイストのキーボードの神本さんが練習していた。神本さんととなりの部屋になって、ときどきプリン食べる?って差し入れくれたり。
 部屋はクリスタルキングさんがよく泊まっているらしく、ホテルの部屋の引き出しにはファンからもらったと思われるプレゼントがはいっていたりした。
 私はそういうスターを間近にみて、いつか私もステージにでることを夢見ていたのだけど、実は名古屋でデザイン博がひらかれたときのゲストにクリスタルキングが出演したとき、バックバンドでなんと「大都会」のピアノをホンモノの人達のバックで演奏させてもらった。すごくいい想い出だ。
 とにかくなつかしい・・・。ずっとずっと音楽に浸って、私には音楽しかなかった日々だった。
 そんなひとつ、つま恋がなくなってしまう。なんとか無くなる前にいっておきたいけど。あのままそっとしておいたほうがいいのかな。。。。

私も出演した、22回は想い出いっぱい。
第22回 ポピュラーソングコンテスト - ヤマハ音楽振興会


いまポプコンの歴史も展示してるみたい・・・行きたい!1

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http://www.tsumagoi.net/popcon/

 

吹奏楽部の呪い

 子どもたちとまちづくりの活動をして、もう10年くらい経つ。

 うちの子どもは小学校に行く前から、私の団体の行う、落書き消しイベントとかキャンドルナイトなどのまちのイベントに参加してきたし、こどものまちの本家である、ドイツに小学生のときに一緒にいったりもした。中学は帰宅部で、高校は軽音学部。塾にも行かず、のんびりと過ごしてきた。私の仕事場である、レコーディングスタジオやテレビ局のスタジオに連れて行ったりと、親子の時間もたっぷりあったと思う。

だからどうしてもわからない・・・。

こどもたちが忙しすぎる、という実態。

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世界でいちばんのんびりみえる猫・・・



 朝はやく起きて学校に行き、一日中好きでも嫌いでも、ほぼイスに座って先生の話を聞き、勉強しなくてはならない。たくさん覚えることがあり、友だちと競争してテストに臨む。

 家に帰っても、塾、習い事などがあり、ほぼ毎日予定が埋まっている・・・。今日は水泳、明日はピアノ、それ以外は塾というように自分の家にいる時間さえ少ないこどもも多い。夕食もお弁当持たされて、家族はばらばらに食事をする状態らしい。
さらに、中学になると「部活動」が登場し、どういうわけか、スケジュールがなかなかでない上、ほぼ土日祝日、夏休み、冬休みが埋まってしまうのだ。

 私は、音楽で英才教育を受けていたので、そこそこ忙しくはあったものの、学校から帰ったら、ベットでごろごろしながら大好きな読書をしたり、友だちが呼べば、ボールが見えなくなるまで、公園や野原を駆け回ってくたくたになるまで遊んだ。
日曜は近所のこどもたちを集めて、冒険団を結成し、川遊びや、沼遊び、虫取りなどに出かけたものだ。
それが今の私を形成してる。虫たち、水の生き物たちが住めない環境を人間の勝手でつくっちゃいけないんだ!と強く思う自分もそこにルーツがある。

 さて、本題にもどろう。私はこどもたちをまちづくりに誘い込む、「ミニヨコハマシティ」「つづきジュニア編集局」「特命子ども地域アクター」「こども防災マイスター」などの多様な活動をしていていて、日々小学生から高校生までのこどもたちと接しているのだけど、小学生のときにあんなに時間があって、活動にきていたこどもが、受験(中学受験、高校受験、大学受験)で来なくなり・・・それはしかたがないのかなと思うのだけど、中学高校の部活動の種類によっては、ほぼこれなくなる・・・のだ。私たちはとくに自由参加の活動なので、来なくてもとくにとがめるわけじゃないからね。
 とくに顕著なのが私のリサーチでは、「吹奏楽部」だ!!なので私はそれを「吹奏楽部の呪い」と呼んでいる。吹奏楽部に入ったら、もう地域活動には出てこない、と思っていい。そのくらいすべて練習と大会出場で埋まってしまうのだ。私が音楽をやっているので気持ちはわからなくないが、そんなに練習していやにならないのかなと思うくらいだ。{私が思うの自由なのでいいでしょ?)


 部活動には賛否両論あるだろうけど、私は自分のこどもが中学に入ったはじめの学校説明会のとき、「ねえねえ、うちの子、どの部活にいれようかな」「受験のこと考えると○○部がいいよね」みたいな母親の会話を聞いて、心が折れたのだ。なんで、親がこどもの部活を検討してるの???おかしいだろ。その会話で私は「私はこどもがやりたいといったものを応援する」とまっとうすぎることを言ったのだけど、まったく無反応だった。
  吹奏楽部の呪い・・・その次には体育会系の部活の呪い・・・・いや、それはもしかしたら、まわりの大人からの呪いなのかも。

 こどもたち!! 自分の意思で生きる道を決めなよ! やりたいことをやって生きていこうね!!もちろんそれが部活動でもかまわないし,塾で勉強もいいと思う。自分で選んだものなら、自分で止めることもできるから。じっくり考えて、自分の道を選び取っていこう!!

NPO法人ミニシティ・プラス
ミニシティ・プラス公式サイト | きみがいないと この「まち」は はじまらない